TOHO Today - 教員ブログ -

2024年度 桐朋高校入学式

TOHO Today高校

さる4月8日(月)に高校入学式が行われ、81期高校1年生の313名が入学しました。

桐朋中学からの進学者に加え、新たに65名の仲間を迎えました。

当日の天気は晴天・・・というわけにはいきませんでしたが、国立の桜はちょうど満開となり、桜が咲くなかで新入生を迎えることができました。音楽部の歓迎演奏も、先輩達のあとをしっかり引き継ぎ、素晴らしかったです。

高校の3年間はあっという間です。1人1人の生徒には等しく、充実した高校生活を送ってもらいたいと思います。

以下に、入学式での「校長の言葉」を紹介いたします。

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国立も大学通りの桜をはじめ、春を彩るさまざまな花が咲き誇り、木々も柔らかに緑をまとう。まさに、春爛漫といった言葉がぴったりの、美しく色あざやかな景観となっています。

生命の輝きに充ちた本日、新入生の保護者の方々にご臨席を賜り、桐朋高等学校の入学式を挙行できますことを、大変うれしくありがたく感じております。

新入生のみなさん、入学おめでとう。高校生としての第一歩を踏み出しました。今どんな気持ちですか。少し大人びた気分を楽しみながら、晴れやかさ、誇らしさを感じている諸君が多いことと思います。

保護者のみな様方、ご子息の桐朋高等学校へのご入学、誠におめでとうございます。ご子息の健やかなるご成長に寄与すべく、第81期高1学年の教員ともども、精一杯取り組んでまいります。何とぞ私たちの桐朋教育に温かいご理解とご支援を賜りますよう、心よりお願いを申し上げます。

さて、新入生のみなさん。ミヒャエル・エンデの児童文学作品『モモ』を読んだことありますか。発表されたのが1973年ですから、この50年の間に累計発行部数370万あまりと多くの人に読み継がれている作品です。ぼくも読み返すと、新たな発見、気づきがあり、手に取ることの多い作品となっています。

ぼくにとっての『モモ』の魅力は、作品の中で次のように描かれている、主人公の少女モモの持つ力です。

「どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意志がはっきりしてきます。ひっこみじあんの人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます」

この変化について、臨床心理学者の河合俊雄さんはこう語っています。

「モモは、徹底して受動的です。自分からは何もいわない。しかしまさにそのことによって、相手の中に自分自身の考えが生まれてくるのです。モモの話の聞き方における大きな特徴です。

私は、それが相手に何かを託すことができる行為だからだと思います。日常生活において、人に何かを託すことは意外と難しいものです。こちらが真剣に話しても相手が受け取ってくれなかったり、話を逸らされたりします。

相手の話を受け取るというのは、実はなかなかしんどいことです。ですから、聞き手はちょっと違う話をしたり、『こうしたらいいんじゃない?』とすぐにアドバイスをしたりして話を逸らします」

さらに、河合さんはモモが注意深く話を聞き続けた理由について、こう指摘します。

「モモがある豊かさを自分の中に持っていたからだと思います。

友達がみんな帰ってしまった夜、モモが一人で円形劇場跡の一画に座って長い時間を過ごす印象的なシーンがあります。『頭のうえは星をちりばめた空の丸天井』で、彼女はそこで『荘厳なしずけさ』にひたすら聞き入るのです

『こうしてすわっていると、まるで星の世界の声を聞いている大きな耳たぶの底にいるようです。そして、ひそやかな、けれどもとても壮大な、ふしぎと心にしみいる音楽が聞こえてくるように思えるのです』

とにかく、モモの心はこのように満ち足りていたのです。それこそが、モモが人々にパワーを与えることができた理由ではないでしょうか。つまり、空っぽの心で相手に話を合わせているわけではなく、自分の中に星々や音楽が満ちているからこそ、相手の話を聞くことができたのです」

心理療法士として、日々患者さんの話に耳を傾け、その中でなんとか力になりたいと実践を重ねている河合さんだからこそ、モモの聞く力に着目し、その力の持つ意義、力が生じる理由について、深く考えを巡らせています。

新入生のみなさん。高校という時期は自立に向け、自分を高めていく時期です。自立の土台である自分を知ろうと、心の声を聞き、自分が真に希望していること、取り組むべきことを見出したいともがく。高校とはそうした時期でもあるように思います。その際、誰かが誰かの「モモ」となり、注意深く耳を傾けることで、思いを打ち明けた人の自分が見えてきて、進むべき道が見つかるかもしれません。

文芸評論家の若松英輔さんはモモの聞く力に関して、このようなこと語っています。

「聞くことにおいて求められるのは、創造的受動性と呼びたくなるような力です。この力、他者とのつながりの中でのみ生起するという特徴を持ちます。さらに、その他者には自分と異なる考えを持ち、相反する立場に身を置く者が含まれる可能性を持っています」

実際、街の人々の時間を奪い、モモのことを敵視していた灰色の男たちも、モモと接した際、つい自らの秘密を打ち明けています。

哲学者の永井玲衣さんは、対話について、こう語っています。

「対話って、話すとか語るとか、言葉がポンポン行き交うものだと思われがちですが、『きき合う営み』だと思います。相手の言葉の奥行きと、そこにあるものを確かめていく道のりです。相手の言葉に耳を澄ますだけでなく、どういうことなのだろう、なぜここで言いよどんだのだろうと、考え確かめていく。どうしてですかと尋ねる『訊く』もあるはずだし、ともに悩むなど、時間的なものを共有する営みでもあるはずです」

「対話は『変わりうる』ことをどこかで握り合っているような時間の中で、実際に相手の言葉によって自分が変わったり、相手がいないと言葉が出てこなかったりする。それが醍醐味だと思います」

さらに永井さんは社会の分断に対し、こう語っています。

「『問い』で呼び込むという努力はできると思います。立場が違っても、同じ問いを考えることはできる。問いでつながれる、というギリギリの可能性にかけています」

「『問う』って地味に思えて、すごい力を持つものだと信じています。これについて考えたい、分からないから立ち止まりたい、という態度でもあり、『あなたはどう思う?』『あなたが必要だ』という呼びかけでもある。だから、私たちは問いのもとに集うことができる。問いは、人と人をつなぐものだと思うのです」

『モモ』という作品において、灰色の男たちはモモと良い関係を持つことはありませんでしたが、モモとの対話、関わりを通して、灰色の男たちは自分たちが姿を消す意味を最終的に自覚する場面も描かれています。

ウクライナやパレスチナの問題をはじめ、分断や対立を乗り越える道筋がなかなか見通せない今だからこそ、聞くことが持つ力、大いなる可能性、そして、その延長にある対話の意義について改めて考えていきたいと思っています。

聞くことにこだわり、そこから見出される真実を掘り起こしている大阪大学未来共創センターのセンター長を務める村上靖彦さん。未来共創とは、社会と連携しながら大学の研究でより良い未来を創っていくという目標を意味した言葉です。

村上さんの研究は、個人が語ることばの細部に着目し、語り手の内側にある視点から社会構造を捉え直すなど、経験を内側から見る現象学のアプローチで、個々の経験にある真実を読み解こうというものです。

村上さんは、客観性を重視するあまり、行き過ぎたエビデンス主義へと陥っている現状に警鐘を鳴らしています。きっかけとなったのは、村上さんの講義で学生から「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか」と問われたこと。村上さんは次のような感想を持ちます。

「私の研究は、困窮した当事者や彼らをサポートする支援者の語りを一人ずつ細かく分析するものであり、数値による証拠づけがない。そのため学生が客観性に欠けると感じるのは自然なことだ。一方で、学生と接していると、客観性と数値をそんなに信用して大丈夫なのだろうかと思うことがある。『客観性』『数値的なエビデンス』は、現代の社会では真理とみなされているが、客観的なデータでなかったとしても意味がある事象はあるはずだ。とりわけ気になるのは、数値に重きがおかれた結果、今の社会では比較と競争が激しくなったのではないか、ということだ」

「数字に基づく客観的な根拠はさまざまな点で有効であるし、それによって説明される事象が多いことは承知している。それでも、数字だけが優先されて、生活が完全に数字に支配されてしまうような社会のあり方に疑問があるのだ」

村上さんのこの指摘は大いに注目され、反響を呼んでいます。

新入生のみなさん。高校という時期は自分を形作る大切な時期です。だからこそ、多くの考え方、さまざまな物の見方に触れ、それぞれの持つ意義、力を知る姿勢が大切になります。コミュニケーション力として、自己アピール、効果的なプレゼンが注目される中、聞くことの意義に目を向ける。客観性、数値的なエビデンスが重視される中、個々の語りが持つ真実に着目する。意識的に意義や真実を幅広く探究し、自分なりの考えを見出そうとする姿勢や取り組みがヒントや突破口となって、発想の転換へとつながり、新たな価値観を生むのだと思います。

ちなみに、村上さんは本校の卒業生です。

桐朋生の特徴の一つに、個性の輝きがあります。一人ひとりが探究心を発揮し、自分の世界を形作っていくバイタリティとユニークさにしばしば感心させられます。そして、それを支えているのが、お互いを尊重し、認め合う姿勢です。一人ひとりの個性、考え方を尊重し、それぞれの思いや意図を理解しようと関わりを持つ。こうした関係性があるからこそ、自然体で過ごせるし、自分に自信が持てる。その結果、個性が輝くのだと思います。そして、こうした特徴を持つ桐朋生だからこそ、幅広く意義や真実を探求する姿勢が自ずと身についていくと感じています。

新入生のみなさん。改めまして、入学おめでとう。

81期のみなさん一人ひとりが多様な学びを通して、自分なりの視点、切り口を養い、そうしたみなさん同士が対話し、関わり合うことで、何が生まれるのか。大いに期待していますし、楽しみにしています。高校の3年間を一緒に実り豊かなものにしていきましょう。