大学で研究してみませんか 東京大学社会科学研究所訪問
TOHO Today高校
進路企画として行っている「大学で研究してみませんか」。
今回は、保護者の方との面談期間のため午前中のみの授業となる6月18日(火)に、東京大学社会科学研究所を訪問しました。ご案内くださったのは、桐朋高等学校卒業で、東京大学社会科学研究所教授の宇野重規先生です。参加したのは、高校3年2名、高校2年9名、中学3年2名の計13名です。本校卒業で、現在東京大学に在学中の2名も参加しました。
最初に自己紹介をしていただきました。先生は、桐朋には高校から入学、卒業後東京大学法学部に進学。博士課程を修了後、東京大学社会科学研究所の一員となり、アメリカやフランスの政治思想を研究なさっています。ご自身の原点として、桐朋中学受験での不合格があるとお話しいただきました。高校、大学の受験はうまくいったものの、最初の大学院入試でも失敗。交換留学、奨学金の審査でも希望通りにいかなかったりと、先生の人生は「一勝一敗」だと評されました。
続いて、東京大学社会科学研究所の全所的プロジェクトであり、先生も深く関わっていらっしゃる「希望学」についてご説明いただきました。希望学に取り組むにあたり、
「希望があるか」についてアンケート調査し、年齢・所得などの社会属性との相関性を確認したそうですが、想定を超える結果は得られなかったとのことでした。続いて、「希望」の定義を「Hope is a WISH for SOMETHING to COME TRUE by ACTION」と確認したことで、「希望が持てない」のは「WISH(強い思い)が足りないのか、SOMETHING(具体的な対象)がないのか、COME TRUE(実現可能性)が問題なのか、ACTION(行動)が足りないのか」と細かく分析できるようになり、定義の確認が研究の切り口になると教えていただきました。
こうした中で、興味深いデータと出会います。「挫折した経験があるか」と「希望のあるなし」に相関関係があり、「挫折したことがある人の方が、希望を持つ割合が上がる」ことが確認できたそうです。「挫折」の持つ意味として、「挫折して初めて見えるものがある・回り道した方が得られるものが多い」などがあると、お話しいただきました。さらに、迷路にネズミを入れた際、どんなネズミがゴールしやすいかについての実験があり、最初に多く失敗したネズミほど最短でゴールするという結果が得られたそうです。こうした点から、「迷って失敗したほど、学習できる」と、われわれにメッセージを贈っていただきました。
続いて、岩手県釜石での地域調査が話題になりました。東京大学社会科学研究所では、2005年から、東日本大震災後の2012年からも、さらに現在と、3回の調査を実施しているそうです。釜石の歴史を調べると、大津波に何度も襲われ、第二次世界大戦時には艦砲射撃を受けるなど大きな被害に逢い、中心の産業であった製鉄も1989年に操業停止するなど、街として繰り返し悲劇に見舞われています。それでも、2008年に製造業出荷額が最盛期のピークを上回ります。この復活では、釜石を出て都会で働いていた世代が活路になったそうです。「地域の人の力を、地域に戻った人の持つ新たなネットワークで活かし、それが復活の力になった。危機の際、狭い世界に閉じこもってはいけない」と教えていただきました。釜石のローカル・アイデンティティを再確認して、釜石の自然の魅力を活かした取り組みも進めました。その中で、街の人たちが積極的に対話し、希望を共有したことも大きな力になったそうです。希望に繋がるもの、支えるものを考えるヒントがここにあると感じました。
せっかく復活できたのに、東日本大震災が起き、絶望に逆戻りとなります。釜石は再び希望の光を見いだせるのか。子どもたちの力だけで津波を逃れた「釜石の奇跡」、「津波てんでんこ」の持つ意味を再度問い直しているそうです。津波の被害は、第一波でのものよりも、第一波を逃れたのに家族が気になって家に戻り、第二波に呑み込まれたケースの方が多いそうです。普段から津波の対策、準備をしっかりと共有し、皆がきちんと逃げていると信じられるようになること、これこそ「津波てんでんこ」の真の意味であり、釜石は、こうした準備、共有、信頼を基に、再びやり直せると良いのだが、とお話しいただきました。
その後、東京大学構内をご案内いただきました。
安田講堂
夏目漱石の小説『三四郎』の舞台にもなった三四郎池
続いて、質問を受けてくださいました。
ここでは、三つの質問についてご紹介します。
一つは、「希望学を行うことの意義」について。それに対して、次のようにお答えいただきました。
社会科学は、人間の行動を経済的利益などわかりやすいもので説明しようとする。政治学は権力で説明する。しかし、人間の行動は経済的利益や権力だけですべて説明できるのか。
行動する理由として、人との繋がりも重要だが、繋がればいいというわけでもない。『未来をはじめる 「人と一緒にいる」ことの政治学』という本でも話題にしたが、「教室内カースト」「友だち地獄」などの言葉があり、常時他者と繋がる辛さ、しんどさを感じてもいる。時に繋がりを切ってしまいたいという願望を持つことさえある。
「weak ties(弱い繋がり)」という言葉がある。親、仲間などの「strong ties(強い繋がり)」に対して、年1回会う程度の知人といった弱い繋がりを意味する。転職においては「weak ties」の方が役に立つことがわかった。強い繋がりでは煮詰まってしまい、発想の転換、新たな展開を作れない。もちろん、仲がよいのは良いことだが、べったりとした繋がりはしんどい面もある。
日本で調査すると、職場に不満を持つ人が増え、未婚率も高まっている。日本人は、人との繋がりを希望しつつ怯え、仕事、家族から遠ざかる傾向にある。
人が行動するときには、何らか思いがある。行動を起こすきっかけを探りたいという思いで、希望学に取り組んでいる。
次に、「東浩紀さんと宇野先生との対談を読み、民主主義に対する考え方の違いを感じました。この点について話して欲しいと思います」と、生徒がお願いしたのを受けて、次のようにお話しくださいました。
東浩紀さんは、哲学者・評論家で、ジャック・デリダなどの研究をしている。
東さんは「一般意志2.0」として、新しい民主主義のあり方を提案した。これは、『社会契約論』を書いたジャン・ジャック・ルソーが「一般意志」を話題にしたことによる。「一般意志」とは、個人個人の持つ「特殊意志」、それを集計した「全体意志」と異なり、公共の利益を目指し、公平さを失わない「社会としての意志」にあたる。しかし、問題は何が「一般意志」なのか、ということだ。
東さんは、「ルソーの時代では、『一般意志』を捉えることは技術的に困難だったが、今はネット上の世界がある。人はそれぞれ自分の情報や価値観をネットに流していて、現在は、それをビックデータを基に確認できる。つまり、『一般意志』を可視化することが可能な状況となった」と言っている。
それに対して、宇野先生は「デジタル上に『一般意志』があると思えない」とした上で、「民主主義はリアルな人間関係の中にあるし、一つの答えがあるわけではない。デモクラシーとは、いろいろな場でさまざまな人たちが自分の人生をかけて、社会を良くしようと取り組むことである。社会は、そうした実験を認め、許し、それにより社会が少しずつ変わっていく、それこそが民主主義だと考えている」とお話しくださり、ハワイ州ポリハレ州立公園の周辺道路が荒れているのを住民たちの努力で補修した事例、ITを駆使して地域の課題を解決する「コード・フォー・アメリカ」の事例などをご紹介いただきました。自分たちで仕組みを作り、社会を変えていく民主主義のあり方について理解することができました。
最後に、「研究者に進むにあたり、桐朋での経験が影響した部分はありますか?」という質問に対して、次のようにお答えいただきました。
桐朋生は社会の現場で活躍する志向があり、これまでは研究者になる人は少なかった印象がある。研究の世界では、筑駒や武蔵出身と比べると、桐朋出身者はあまりいなかったかもしれない。実は自分も大学生の頃は研究者になる気はなく、外国に行きたくて外交官になりたいという希望を持っていた。実際、大学ではESSに所属し、日米学生会議にも参加していた。そこで痛感したのは、アメリカ人はストレートに自分の政治主張を語るのに、日本人は政治を語りたがらない、語れないこと。これではいけないと思い、政治思想の道に入ってもう少し勉強しようかなという感じだったが、結果として一生の仕事になった。
桐朋の良い点は、やりたいことを自分で見つけろという姿勢にある。デモクラシーとは、各自が自分の責任で社会を良くしようと取り組むことで、桐朋の姿勢に通じる点があるし、桐朋には、自分で見つけたものに取り組む人を応援する雰囲気がある。自分は、海外の大学を複数巡り、日本国内でも全県を訪れ、さまざまに行動しているが、政治思想研究者でこんなことをしている者は珍しい。「社会をよくしたい」「アクティブに働きたい」という姿勢は桐朋のDNAと言えるとお話しくださいました。
参加した生徒の感想です。
・大学で社会について学びたいと考えていて、社会科学の企画だったので参加しました。事前にイメージしていたより対話形式での説明が多く、面白くお話を聞くことができました。社会を研究するとはどういうことなのかを多少理解でき、社会科学というものを実感できたように思います。ありがとうございました。(高2)
・東大志望だし、先生の本を読んだことがあったので、参加しました。オープンキャンパスとは異なる、普段の東大を見ることができたように思います。生徒との対話による講義だったので、楽しくお話を聞くことができました。また、現役東大生である先輩の頭の良さを間近で感じられ、刺激になりました。(高2)
・東大に行きたいと思っていて、政治にも興味を持っているので、参加しました。実際に、キャンパスを訪れ、社会科学研究所の内部を見ることができましたし、総合図書館の広さも知ることができ、大変良かったです。参加して、若者の政治離れが言われる現在、こうした機会は大変貴重だと感じました。今後も、後輩のためにこのような機会を設けていただければと思っています。どうぞよろしくお願いします。(高2)
・東大の先生から直接お話を聞ける機会はなかなかないと思い、参加しました。お話の中心は、平等・不平等、デモクラシーのあり方など、社会思想に関する講義だろうと想像していましたが、希望学という、自分が全く知らなかった考え方に関する講義だったので驚きましたが、大変興味深かったです。また、質問に対するお答えの中で、社会を、一般意志を持つ一つの集合体として考えるのではなく、抽象度を下げた、もっと小さな規模で捉え、そこでの政治参加が本当の意味でのデモクラシーに繋がるという考えをお話しいただき、とても刺激を受けました。それと、先生が桐朋のOBでなければとうてい聞けないような、東大の裏話を聞けて、楽しかったです。また先生のお話をうかがえる機会を心待ちにしています。(高2)
・社会学に興味があり、大学見学を含め自分の進路の参考にしたかったし、東大という、日本で一番の大学はどんなところかを知りたいという思いもあって、参加しました。講義では小難しい内容が続くとイメージしていましたが、震災などの具体例を挙げながら、先生がなさっていることをお話しくださったので、大変わかりやすく、社会学部というものが、また東大という大学も、自分の中でより具体的なものになったように思います。またぜひお話をうかがう機会を得て、得られたデータなどから導き出した「希望学」に関する考えを、人々にどう発信し、社会に還元していくのかを、ぜひ教えていただければと思っています。よろしくお願いします。(高2)
・自分が何に興味があり、高校、大学何を学んでいきたいのかを見つけようと思い、参加しました。「教授のお話を聞く、研究に使う資料を見せてもらう」といった内容をイメージしていましたが、政治について一緒に話しながら考える形で、大変面白かったですし、希望学を軸として、現在の政治について深く考えることができたように思います。普段、政治について話を聞くことがあっても、希望という観点から社会の問題や復興について考える機会はなかったので、とても刺激を受けました。今後、さまざまな角度から政治について考えていきたいと思います。(中3)
・政治に興味があり、基礎知識を得たいと思ったし、社会科学とはどういうものかを知りたいと思い、参加しました。先生の研究や考え方に関する説明だけでなく、僕たちが社会を考え、自分なりの意志を持って未来に向け社会をより良くしていくことの大切さを力強く語ってくださり、この点が強く印象に残りました。政治的、歴史的な事柄を考える上での、基になるものを多く得ることができました。今後、社会を良くしていくために、新たな意見を自分なりに考え出せるのではと感じ、ワクワクしています。(中3)