お知らせ

片岡哲郎前校長 最後の高校卒業式告辞

2021年4月12日

2021年3月6日 高校卒業式告辞

暦は啓蟄、新たな春の生命が目覚めの時を迎えたなかで、「啓蟄やわれらは何をかく急ぐ」―俳人・中村汀女のそんな一句が、とりわけしみじみと趣深く感じられる本日、ここに、第73回・第75期生の桐朋高等学校卒業式を挙行できますことを、大変うれしく、また有難く思います。卒業生の保護者の皆様方には、ご子息の、桐朋高等学校ご卒業を心からお祝い申し上げたく存じます。おめでとうございます。そして、高いところからではございますが、今日まで私たちの桐朋教育に温かいご理解とご協力をいただいたことに対し、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
さて、卒業生の皆さん、本当に本当に、大変な高校生活でした。桐朋祭や修学旅行といった大きな行事を終えて、いよいよ皆さんが自身の進路に向けて本格的な準備体制に入った時から、大学入学共通テストをめぐって、まさに急ハンドルを切るような方針転換が相次ぎました。そして高3の一年間は、新型コロナウィルス感染症の大波にさらされました。朝、教室に入るとそこに、笑いがあり、語らいがあり、その中で共に学ぶ、そんな当たり前の生活が三ケ月以上にわたって奪われ、慣れないリモート授業、夏休みの短縮、そしてインターハイや甲子園といった目標もかき消えていきました。なぜ、自分たちの学年だけ、こんな目にあうのだろうと、恨めしく思ったこともあったでしょう。
横浜のある高校に勤める千葉聡先生が今年一月に出版した第七歌集『グラウンドを駆けるモーツァルト』には、おおむね3年に渡って高校生とともに過ごした日々を歌った169首の短歌が収められています。そのうち、「明日のあとに」と題された章には、コロナ流行下の高校生を見守る歌が並びます。「生徒からメール“いつから学校は始まりますか”午前二時半」「白マスクの上の静かな目を見れば 何とかしなきゃ、しなきゃ、と思う」そして、「教育は政治の言葉で曲げられる 帆のない船のような日本で」…教育に携わり、子供たち・若者たちに寄り添ってきた全国の先生方の思いを、千葉先生は31文字に込めています。
一方、毎年一月に発表される東洋大学・現代学生百人一首には、当事者となった若者たちの声が寄せられました。「オンラインカメラをオフにし忘れて放送される自分の寝顔」高1男子。「行ってきます 奇数の君からライン来て 気をつけてねと偶数の私」これは高1女子。そして「背番号全員付けて挑む夏いつもと違う特別な夏」これは高3男子。学校生活の変容ぶりが歌われています。たとえ帆のない船であっても、若者たちにとっては、かけがえのない10代の日々を過ごす場であり、自分を未来へと運んでいく大事な箱舟なのです。
それにしても、あの東日本大震災から10年という節目の日を、まさか緊急事態宣言下で迎えることになるとは、本当になんという時代でしょうか。31文字つながりで、3月1日朝日新聞にあった一つの短歌を紹介します。「春彼岸 津波寄せ来し浜に立つ 我が曽祖父も波に消えたり」作者は、気仙沼市立松岩小学校の畠山登美子先生です。畠山先生は今から10年前、この短歌を朝日新聞に投稿してまもなく、東日本大震災の津波で命を落としました。この短歌に詠まれた津波は、1898年の明治三陸津波のことなのです。その津波で、畠山先生のひいおじいさんが亡くなったのでしょう。畠山先生のこの短歌は、震災一ケ月後の2011年4月10日付朝日歌壇に、作者が行方不明のまま掲載されました。震災の犠牲者の名を載せる朝日新聞に彼女の名前が掲載されたのは、さらに一年後の2012年4月10日だったそうです。もし存命であれば、畠山先生はこの春、定年を迎えたはずでした。その時畠山先生は、コロナに振り回される今の社会をどう詠んだでしょう。繰り返すかなしみを受け止めて前を向く、そのはりつめた眼差しに宿るいのちの光を、彼女は歌ったでしょうか。気仙沼市の震災犠牲者は現在までで1,143人。212名がまだ行方不明のままです。
私は、この記事を読んで、2012年の夏に社会科の先生方と訪れた気仙沼の風景を思い出していました。その時、被災地気仙沼の象徴的な風景であった第18共徳丸の姿はまだありました。全長60m、総トン数330㌧の大型漁船が、あの日の津波によって港から800mも内陸に打ち上げられ、取り残されたのです。かつて波を分けて海を進んだその船はあの日、津波に翻弄されるままに、無数の住宅やビルをも押しつぶして回りました。震災モニュメントとして保存するかどうかの議論を経て、住民たちは2013年秋、第18共徳丸を解体しました。
陸に打ち上げられた船はもはや船ではなく、震災の辛い記憶を呼び起こす巨大な鉄の塊でしかありません。帆のない船であっても、それが未だ波の上にあるなら、それはまだ船です。人と人との関わり方が変化していく世界で、今、民主主義そのものが、その真価を問われています。コロナを克服する力は、人々の議論の積み重ねによって得られるのか、それとも“緊急事態”を強調する指導者の権力によるのか、世界はその岐路に立っています。皆さん、その手にオールを握りしめて、もう一度この帆のない船を、未来に向けて漕ぎ出そうではありませんか。
「櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとうべき」歴史探偵のニックネームで知られる作家・半藤一利はまだ雑誌編集者であったころ、作家・田辺聖子に、武島羽衣・滝廉太郎の手になるこの唱歌「花」は、源氏物語の本歌取りなのだと指摘され、源氏のどこなのかを尋ねるのがしゃくで、日頃の仕事の合間に源氏物語と格闘すること幾星霜、2019年になって、やっとその答えを見出したと書き遺しています。『源氏物語・胡蝶の巻』で描かれる六条院の宴のなかで歌われた「春の日の うららにさして行く舟は 棹のしづくも花ぞ散りける」という和歌がその答えです。その半藤一利が歴史探偵として見つめ続けてきた戦後日本社会は今、新たな漕ぎ手を必要としています。
卒業生の皆さん、この船の漕ぎ手となって、自身を、そしてこの仲間を、未来へと運んで下さい。皆さんの握るオールを、きっと春の花々が彩ることでしょう。「誰かの歌が聞こえる/誰かを励ましている/誰かの笑顔が見える/悲しみの向こう側に/花は 花は 花は咲く/いつか生まれる君に/花は 花は 花は咲く…」
卒業おめでとう。皆さんの未来に幸あらんことを祈ります。