お知らせ

【校長・手のひらの授業 第2講】

2020年3月13日

自画像を描く

今、教育の世界では「主体性」という言葉がもてはやされています。桐朋は、学校創立以来一貫して、自主的精神の養成を謳い、主体的な学びを志す人間を育てることを目指して来ました。日々の授業はもちろん、HRでの語らいも、委員会活動も、クラブ活動も、そうした主体性を磨く場として大切にされています。目の前にいる他者との、真剣な語らいがあって初めて、お互いの個性が自覚されます。

学びにおいても、生き方においても主体的・自覚的な姿勢を持った人間とは、換言すれば、自立した個人として生きる人間のことです。人はややもすると、「自立」とはすなわち「独立」、つまり他人に依存しない状態を指すと考えがちです。それに対して、哲学者の鷲田清一さんはちくま新書『わかりやすいはわかりにくい?』の中で、次のように書いています。「社会的サービスがいくら充実していても、実際に動いてくれるのは機械ではなく他の人だ。ひとが独りでできることは極めて限られていて、食堂で何かを食べる時には、調理する人・配膳する人がいるし、音楽に浸りたいときには、曲を作る人・演奏する人・録音する人・CDを売る人が要る。人間はそういう無数の他者に支えられて生きているのであって、ひとりでできることなどたかが知れている。とすれば、“自立”とは、他人との相互依存のネットワークをいつでも使える用意ができていることを意味するはずだ。」独力で生きるのではなく、支え合って生きるのが人間だと鷲田さんは言います。

それはわかっていても、他者という存在はなかなか厄介なものです。みなさん、頭の中で自分の家族の顔を思い浮かべて下さい。もちろん、それは容易いことです。どれだけ多くの人が集まっている中でも、自分の家族を識別できて当然でしょう。しかし、毎日見ている顔であっても、眉毛がどのような形をしているか、耳や唇の形を細かく描写できるかと言えば、それはかなり曖昧です。誰かの顔をまじまじと見るという行為は、実際に誰かの顔を前にした時にはほぼ不可能なことだと鷲田さんは言います。相手を見るということは、それと同じ緊張感で相手に見られるということを意味するのであり、大概はその緊張に耐えられずに視線をそらしてしまうでしょう。

あなたが最後に誰かに見つめられたのは、いつのことだか思い出せますか?誰かの顔は、相手がこちらを見ていない時に、いわば盗み見するという形でしか、じっと見つめることができないのです。しかし、私たちは常に相手の顔を探り、何かを読もうとうかがいます。相手の顔の背後にある、憎しみ・恨み・苦しみ・怒り・疑いなどの心の動きを読み取るのは非常に難しい作業だと言わざるを得ません。

但し、一つだけ例外があるとすれば、笑顔ではないかと私は思います。もちろん笑顔にもいろいろな種類があります。微笑・爆笑・冷笑・苦笑・嘲笑・失笑…挙げればキリがありませんし、自分の視野の外側で自分に向けられる笑いはあまり想像したくありません。ただ、仲間と共に何かを乗り越えた時、何かを達成した時、何かに深く感動した時に生まれる笑顔は、理屈抜きに共有され、相互の理解が一気に深まるものです。もたれ合いではない、甘えでもない、真の意味で互いに支え合う関係はそうして生まれるのでしょう。桐朋生活において、そんな体験をみなさんは何度も経験していると思います。それが桐朋の、いわば醍醐味に違いありません。

先ほど私は、相手の顔を見ることは難しいと書きました。しかし、人間にとって一番厄介な存在は、実は自分自身なのです。みなさんは自分の顔を見たことがありますか。鏡に映った顔は左右反対のもので、相手が見ている自分の顔とは異なります。ではスマホで自撮りした顔はどうでしょう。カメラのレンズはモノの形を正確に写し取っているでしょうか。少なからずそれは歪んでいます。人間はただの一度も、自分の素顔を自分の目で直に見たことはないはずです。その意味で自分の顔は、永遠に知ることのできない不可知物なのかも知れません。自分がその時、どんな感情を表出しているのか、どんな表情をしているのか、それを知ることが出来る唯一の方法は、相手を通して見ることなんです。相手が自分に対して向ける表情は、その時の自分の姿を映し出しているからです。自分が一体何者で、集団の中でどのような存在なのか、それを自分一人の力で知ることはできない。青年期の自己形成は、他者という鏡の存在なくしてはあり得ません。ですから、他人を大切にするということは、そのまま自分を大切にすることでもあるのです。

この臨時休校が始まる直前まで、中三のみなさんは美術の授業の最終課題である「自画像」の作成に取り組んでいたと思います。残念ながら、最後まで描き切れずに未完成で終わった人も多くいることでしょう。近代芸術思想史を研究する木下長宏さんが書いた中公新書『ゴッホ<自画像>紀行』という本があります。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの名前を知らないという人はまずいないと思います。少し知っている人なら、ゴッホと言えば「炎の人」、狂気のなか描いた絵は世間に理解されず、不遇のうちにピストル自殺した、悲劇の画家というイメージに支配されて、その作品を見る時は必ずそこに「激しいタッチ」を見つけ、「悲劇的な主題」に共感しようとするでしょう。私も含めて、「知ってるつもり」になっていた読者に、木下さんは、ゴッホの真実に迫る一つの視点を与えてくれます。それが、「自画像」です。

37歳と4ヶ月の人生の中で、ゴッホが画家であろうとして絵を書き続けたのは最後の10年だけでした。その10年の間に、彼は実に2,000点にのぼる作品を描きました。そのうち870点が油絵です。ほとんど収入のないゴッホが絵を描き続けることが出来たのは、画商として働いていた弟のテオが、毎月の生活費や絵画の制作費を送り続けたからでした。ゴッホはこの弟にたくさんの手紙を書き送っています。木下さんは、画家時代の後半、33歳から37歳までの間にゴッホが42点の自画像を描き連ねていることに注目し、一つひとつの作品に込められたゴッホの心情を、テオへの手紙と照らし合わせながら検証していくのです。

そもそも、人間にとって自画像を描くことにどんな意味があるのでしょうか。人間が自画像を描くようになったのは、実はルネッサンス期が最初でした。人間が生きていくということは、「自己」と「世界(この世、自然界)」の関係をどのように理解し、処理していくかということに他ならないのですが、ルネッサンス以前の時代は、「自己」は「世界=神」の指し示す方向に導かれることで決定される存在であり、その両者が対峙する必要が無かったのです。「自画像以前の時代」というわけです。

ルネッサンス期に入り、人間は自分の力で「世界」を理解したいと考えるようになります。それは「理性」の力で「世界」を把握する営みであり、「神」はその位置を理性に奪われます。こうして、「自己」と「世界」は対立関係に入り、「自己」を「世界」の物語の主人公とする絵画、すなわち「自画像」というジャンルが確立されたのです。ルネッサンス期こそ、すなわち「自画像の時代」でした。

ところが、産業革命を経験し、個としての人間が、社会という機械の一部品にすぎないことが自覚される時代に入った19世紀後半、「自己」は「疎外」と「分裂」をいやおうなく経験させられることになるのです。「自画像」を描こうとしても、いったい本当の「自己」はどれなのか、明確な答えが見つけられない時代に入ったということです。これが「自画像以降の時代」であり、21世紀はそのまっただなかにあります。

ゴッホは1885年以降の晩年5年間をフランスで過ごしています。まずパリで印象派の画家たちとの交流が始まり、彼の「自己」意識が活発に活動を始め、取り憑かれたように自画像を描き始めるのです。2年間に30点以上の自画像を描き、「自己」と「世界」の対立関係を測定することに熱中しました。しかし、その後移り住んだアルルで「狂気」の発作に襲われ、「疎外」や「分裂」をはるかに超えた「自己崩壊」を経験すると、自画像を描く筆が進まなくなり、やがて放棄されます。「自画像の時代」から「自画像以降の時代」へ、ゴッホはその時代の境界線を駆け抜けていったのです。