お知らせ

【校長・手のひらの授業 第3講】 

2020年3月19日

磨かれるもの

国立駅前の桜は、なんと3月13日に今年最初の花をほころばせました。今年も、国立が一番華やぐ二週間が巡って来ます。

「金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に」

「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」

いずれも、歌人・与謝野晶子の代表的な作品です。「金色の~」の歌は、山川登美子・増田雅子とともに明治33年に刊行した歌集『恋衣』に、「清水へ~」の歌は明治34年に刊行した歌集『みだれ髪』に、それぞれ収められています。銀杏と桜。それは冬という季節の河の両岸で対峙しています。私たちが、この二つの歌をとりわけなつかしく思うのは、国立という場所で子どもたちとの年月を重ねているからかも知れません。写真は、2016年11月24日の雪紅葉、そして2018年3月28日の夜桜の風景です。

それにしても、彼女の歌の持つみずみずしい色彩感には驚くばかりです。歌人の尾崎左永子によれば、『みだれ髪』一巻に収められた399の作品の中に、紅が32、白も32、紫17、黒9、他にも青、緑、えんじ、水色、桃、黄、七色、金色といった色彩語が詠み込まれているほか、「黒」を連想させる夜・闇・髪・瞳、あるいは「赤」を連想させる血・焔といった言葉がさかんに用いられているのです。さらには、全歌数の三分の一にもあたる115の作品に、菖蒲・藤・山吹・牡丹・木蓮・つつじ・李・桃…といったおびただしい数の花の名が登場します。『みだれ髪』という歌集が世の人々に与えた鮮烈な印象は、彼女のそうした色彩感に起因すると言って良いでしょう。

同じく尾崎によれば、『明星』を彩った女流歌人たちは、互いに白い花の名前で呼び合っていました。山川登美子が「白百合」、増田雅子が「白梅」というように。その中で与謝野晶子は、自ら「白萩」の名を選んでいます。百合や梅と違って、萩の風情は優しくなよやかで頼りなげです。これは晶子自身の強い憧れがあらわれていると尾崎は見ています。というのも実は、晶子本人は大柄で声も太く、およそなよやかな印象ではなかったらしいのです。

実際に与謝野晶子に会った人の印象では、彼女は人前ではうつむいてぼそぼそと語り、さして明快な態度を取る人ではなくどちらかと言えば内向的で口下手だったといいます。作品の鮮烈さからすれば信じられない証言です。確かに、彼女の講演ぎらいは有名で、いやいや引き受ける時は必ず原稿を用意し、それを棒読みしていたと、何かで読んだ記憶があります。

ただそれは、彼女に言わせれば決して口下手だからという理由ではなかったようです。彼女には、黙っているうちに心の中で言葉がふくれ上がり、何かのきっかけで一気に思いもかけぬほど大胆な発言や行動に出てしまうようなところがあったそうです。口下手と言うよりむしろ多弁で言葉が走りやすい欠点を自覚していたからこそ、言葉を必ず文字に置き換えることによってセルフコントロールをはかっていたのでしょう。

若い頃、先輩の先生方から、「人前で話をする時は必ず原稿を作りなさい。」とよく言われました。気持ちを文字に置き換えることは、余計なものをそぎ落としてできるだけ簡潔に、伝えたいことが的確に伝わるように表現するためには、とても大切な作業です。ただ、簡潔さを求めるあまり、文章から一切の比喩や修飾を省いてしまうと、それは書き手の心からも切り離されてしまいます。心のない文章では、読み手の心を動かすこともできません。「多過ぎず、少な過ぎず」の頃合を保ちながら自在に表現する能力は、やはり経験無くしては身につかないでしょう。多くを書き、多くを読むことはとても大切です。

このことは、文章を書くこと以外にも通じるものです。哲学者アリストテレスはうまいことを言いました。「勇気の徳とは、臆病さと無謀さの中庸を保つことである。」マウンド上の投手は、打たれることに臆病になりがちです。そんな時、捕手は決まって「恐れるな。勇気を持ってど真ん中に投げ込め!」と励まします。それが功を奏するケースもあるでしょうが、真ん中に投げることで打たれる可能性もまた大きくなるのです。

「ユーモアのある人」は周囲から大変好かれます。確かに、真面目一辺倒で少しも冗談を言わない人との会話は気詰りです。かと言って、どんな場面でも冗談で茶化してしまう人は、単なる道化として信頼されません。私を含め、大概の人には思い当たる節があるでしょう。「勇気」も「ユーモア」も、数限りない失敗を繰り返しながら、なんとか「この程度が丁度いいだろう」という頃合を見出していくものです。

そう考えれば、文章を書くという経験も、「人間性を磨く」という営みの一部であることがわかります。与謝野晶子は、作品にあれだけの色彩語をちりばめながら、読み手に少しも「華美」な印象を与えません。彼女の用いる色彩語が、例えば「淡紅色(ときいろ)」とか「底くれなゐ」とか、「青貝ずり」「紫の虹」「紅筆(べにふで)」などのように、やわらかい余情をまとっているからです。言葉を通じて、他人にまねのできない彼女の個性が確立されているということでしょう。

桐朋生の皆さん、新型コロナウイルスという目に見えない脅威を前に、私たちはやむを得ず長期にわたって学校を休校とする措置を取りました。日々の生活のなかに、考えもしなかったような“余白”の時間を、持て余し気味の皆さんも、きっといることだろうと思います。しかし今の時代は比較的手軽に、数多の文章・数多の映像、数多の音楽と触れ合うことができます。惰性に流されてその時間を消費するのではなく、そうした作品が帯びている輝きを我がものとしながら、自身の人間性を磨くための時間にしてほしいと切に願っています。

桐朋の校長の仕事の中に、毎週月曜日の朝礼で桐朋学園小学校の子どもたちに数分間の話をする、というものがあります。これまで校長として11年間、数えきれない話をしてきました。自分なりに、「文章として読むに堪える」内容でなければならないと思い、毎回1,500~1,600字の原稿を書いています。ただ、題材選びに苦労して結局日曜の深夜に原稿を書くようなことがたびたびあるので、文章力の向上までは望めないようです。

ちなみに、校長として最初の月曜朝礼で選んだ題材は「花楓」、満開の桜が散り始める頃に見られる、カエデの花でした。そこにこんな文章があります。これは、私自身が向上の基点として常に意識している、少々気恥ずかしい「初心」です。


「…花は花自身のために咲くのです。きれいだとか地味だとか言うのは人間の側の感じ方であって、咲いている花自身にとってはあまり関係のないことです。どんな花でもその価値は一緒なのです。人間も、一人ひとりに性格や特徴の違いがあるけど、みんな同じだけの価値を持っているでしょう。それと同じです。

でも、人間の社会ではどうしても、はっきりした性格の人や、声の大きい、思ったことを何でも口にする人ばかりが注目を集めて、その反対に、おとなしい性格の人は集団の中で目立たないですね。本当は、目立たない性格の人には、優しくて常に周囲に気を配り、他人を思い遣るといったことが出来る人が多いのだけれど、周りがそのことに気が付かないというケースも、しばしばあります。カエデの花も、いつもは全然目立たないけれど、私は以前に一度、雨上がりのカエデの花が水分を含んでキラキラ輝いているのを見たことがあります。小さな赤いイヤリングのようで、そのわずかな一瞬、きれいだなあと思いました。…」(2009年4月13日)