桐朋トラベル ~波のない日々は、うねりの力を知らない~
ふいに後頭部が疼き、間髪を入れず背骨を唐突な悪寒が駆け下る。同時に悪寒は三半規管へ侵攻、平衡感覚はたちまち白旗を上げ、僕は崩れるようにその場にひざまずく。これが黄昏に燃ゆサンドビーチでのワンシーンならばモネに筆を持たせるほどの情景的な印象美となるだろうが、現実は首都圏近郊の一男子校の校内である。気に留める余地もない周囲の目は、きっと嘲笑かスルーの二択に違いない。自分に一体何が起きているのか。
答えは単純だ。身を粉にして完成した作品を、期限日に玄関にお留守番させてしまった。指紋を擦り減らすほど参考書をめくり、二宮金次郎も脱帽するほど日夜励んだ教科が、お粗末な点数で手元へ帰ってきた。部活着袋を、南武線の吊り棚に乗せたまま立川駅まで旅させてしまった。特別教室棟を4Fまで登りきってふと右を見たら、渡り通路がなかった。こうした、良く言えば失敗いう名の成功への準備材料、悪く言えば自らの非が誘発した、聞くに堪えぬやらかし、の後の自らの客観的な様相である。物事を悲観的に捉えることなら右に出る者はいないとの自負がある僕は、前述のような事が生じる度に、こうした(冷静に考えれば何に対してか分からない)懺悔の体勢をとり、日々失望の余韻に打ちひしがれる。昨日も今日も明日も、きっとこれからも。
ところが、世の中捨てたものではない。人間には「忘れる」という能力がある。大抵は否定的なニュアンスで捉えられる「忘れる」ことは、時に失望の海を漂う中、目の前に忽然と現れた浮輪のような、自らの助け舟になり得るのだ。この「忘れる」ことだって、良く言えば思考転換の一助、悪く言えば弱き者の現実逃避である。まぁ、ここは前者をとり、助け船を手繰り寄せるとしよう。あれ、都合の良い所だけ悲観的に捉えていないぞ。
そこで、今日は桐朋生活で数々の失敗と失望の波にぶち当たり、幾度となく果ててきた僕が、(もちろん肯定的に)それらを忘れ、脳内浄化を図るために度々訪れる場所について、紹介させて頂きたいと思います。在校生の皆さんも、桐朋を訪れられる方も、これを読んだら是非足を運んでみて下さい。きっと様々な形で心に安らぎの風が吹き抜けると思いますよ。
◆4F高校棟~中学棟の渡り廊下
高校棟と中学棟や教科教室棟との行き来で使用する渡り廊下ですが、その道中に高校棟~特別教室棟との間で足を止め、西側(テラスと反対側)を眺めてみて下さい。奥を遠望すれば、奥多摩の山々と玲瓏と仰がるる富士の山がパノラマとなって目に入ってきます。午前中は東側からの光で順光になるため、晴天の日は特に、天空の蒼色と山々の饗宴が視覚を贅沢なものにしてくれます。目線を下に移せば、眼下を行く豆粒のような人々とムスカ大佐の例の名言が見事に合致し、思わず笑みがこぼれます。
何といっても、僕の激推し(死語)は夕暮れです。
条件が揃えば、橙とも紅蓮とも深紫とも言えない、数多の絵の具でも表現不可能のように感じられる融合色の刻々とした変化の光景が、見る者の目を奪います。上の写真もそんな夕暮れに撮影したものですが、写真のような二次元的な媒体では、とてもではありませんが上記の眺望を表現できません。もしかしたら、自らの心境というフィルターが、この景色をある種の情景として映し出しているのかもしれませんが。
◆グラウンドの砂山
陸上競技部に所属している僕は、この砂山に深い思い入れがあります。夏の炎天下でも、冬の極寒の中でも、余すことなく走り切り倒れこんできたのが、ちょうど各トラック種目(走る系)のゴール地点に位置するこの砂山でした。この砂山の質感、温度、傾斜は、毎度異なったように感じられるのが本当に不思議で、触れる度に次はこの感触以上の達成感を持てるような意気込みで、練習に臨もうと思える場所です。裏を返せば、練習後の砂山の感触が、自らの練習に対する取り組みの投影でもあるように思われます。
このような、汗と血と涙とアクエリアスが染み込んだこの砂山は、熱くて篤くて厚い、僕の心の拠り所でもあるのです。ただグラウンド整備後の土が山積しただけの人工的な山だとか言わないで下さい。
◆多目的ラウンジ図書館スタディーエリア付近
なぜ、かつて鎌倉に幕府が置かれたのか。それは三方を山に、一方を海に囲まれた天然の要塞だから。
なぜ、僕はこの多目的ラウンジ図書館スタディーエリア付近を好むのか。それは三方は開放的で、一方は静寂的な立地だから。
多目的ラウンジでも、購買寄りの方はあんまりです。食堂からの道が見えるために人と目が合いますし(集中しろよ())、その道と図書館~保健室にかけての道とのT字路は、エバーワンの摩擦音や桐朋生の雄叫びなど、多種多様な音が共鳴し合います。
それに比べてスタディーエリア付近の静寂さときたら指折りもの。窓が目と鼻の先なので風通しは抜群、緊急事態が発生しても、すぐお隣のスタディーエリアに避難。すぐ帰りたけりゃ、10秒ほど歩けばもう昇降口。この好立地、もはや鎌倉幕府を遥かに凌駕する上位互換と言っても過言ではありません。これ以上書くと頼朝と怖~い奥さんに睨まれ、御家人に攻め込まれるのが関の山、このくらいにします。
ここまで読まれた皆さん、実はこれらはまだまだ氷山の一角です。桐朋にはこれ以外にも、低迷した心持ちをリフレッシュしてくれる、憩いの穴場が数多く存在します。またいつかご紹介します。
取りあえず僕は、ポジティブ思考に向けて精進しようと思う次第です。今後ともよろしくお願い致します。
高校1年 西田康平