福祉体験レポート

福祉体験レポート

 家庭科では、高2の夏休みに福祉体験レポートを課題にしています。
 福祉の現場に行って、お年寄りやしょうがい者、子どもたちと出会い、触れあう中で、また、そこで働く人たちと関ることを通して、家族と地域と社会全体が、どのようにつながり、どう支え合っているのかを理解してもらいたいと、この課題を設定しています。
 この課題を通して、これまでも多くの先輩たちが、「人生観を変えるほどの貴重な体験をした」と報告してくれています。

        2010年度 施設体検先

    

 

(人数)

(人数)

(人数)

(人数)

(人数)

(人数)

(人数)

保育施設

11

17

19

18

19

14

11

学童保育

児童館・子育て支援施設

障害者支援施設

高齢者施設

14

10

10

11

15

16

その他  (総合病院)

 

 

 

 



【2010年度福祉体験レポートより】 レポートから体験部分も一部掲載  


体験レポート1: 私立保育園

体験の様子および感想 :
日時 : 7月12日・14日   9:00~17:00

 インターネットで家から近い保育園を探した。交渉は、初めに電話で連絡し、事情を説明した上で、保育園側からの許可をもらう。OKがでたところで、事前訪問の日時(7/2)を決定した。事前訪問では、持ち物、注意事項の確認、体験の日時の決定、軽い施設見学、子どもたちのどういう点に注意してほしいか等を聞いた。持ち物は、エプロン、スリッパ、着替え(プール後の着替えやおしっこされた時のため)であった。
 
一日目は、1・2歳のクラスで体験させて頂いた。最初の印象としては、何の説明もなしに、クラスに放り込まれた感じで、「とりあえず遊んであげて下さい。」と言われただけ。子どもにも、新しいものに積極的に近づいていくタイプと消極的で人見知りなタイプがいた。(略)
 
子どもたちと接する上で、僕はまず、名前と年齢を聞くようにした。名前はもちろん呼び名を知るためで、年齢は挨拶代わりで自分が子どもの頃に(たまに現在も)近所の人や祖父母はよく聞いてきて、答え慣れていたからで、また、手で自分の年齢を表現できるため使った。
 
自分がこどもたちに慣れた頃に、人見知りする子に積極的に話しかけるようにした。すると一気にその子どもも僕に話しかけたり、したってくれるようになった。この年齢の子どもたちは、記憶が断片的で、ついさっきまで遊んでいたことを、ちょっと何かに気をとられただけで、忘れて違う所へ行ってしまったりと、振り回されることも多かった。
 
保育士さんの様子を見ると、子どもたちと遊んでいる合間に部屋に散らかっているおもちゃを片付けていたので、真似した。また、子どもにさみしい思いをさせないように気を遣いながら接していたのが印象的だった。(以下省略)
 
二日目つい、幼児(3~5歳)クラスで体験させて頂いた。乳児クラスと比べて、かなり積極的に近寄ってきてくれた。この年齢のクラスには、様々なおもちゃが用意されていて、木製プラレール、動物人形、レゴ、カルタ・すごろく、ネズミ取りゲーム、木製キッチンとキッチン用品、空の化粧道具など、年齢が高いので多少難易度の高いものが用意されていたが、まだルールが曖昧だったり、言わないとわからなかったりした。
 この年齢だと、みんなすごく自己中心的で、我が儘。見ていてとりあえず自分中心に動かないと気が済まないというのが第一印象。また、色々わかってくる年齢でもあり、僕はできるだけ
みんなの話や頼み、誘いは断らないようにした。
 
子どもたちは新しいものにひかれる習性があって、僕はとても好まれた。全員の意見を聞くのは難しく、順々にこなすのも苦労した(体力的にも)。本当はみんなで一緒に遊ぶのが好ましいのだが、なぜか独占したがるので困った。「みんなで遊んだ方が楽しいよー。」と言っても聞かないので。最終的に「みんなと遊ばない子とは遊ばない!」と言った。(以下省略)
 
僕は、今回のレポートにまとめた2日間以外に、2週間(8/9~13 16:00~20:00)同じように体験させていただいて、とても良い保育園だと思いました。僕が子どもを持った時に、幼稚園ではなくこの保育園に通わせたいほど。
 
保育士さんたちが、とてもいい人すぎました。多くの話を聞かせて頂き、自分自身、子どもへの接し方について改めてしっかりしなくてはなど痛感させられるような話もありました。保育士さん一人ひとりが、とてもよく子どもを見ていて、正直自分は自信があったのですが、全然で・・・。どうしても子どもが泣くと困ってしまう。保育士さんの手を借りないとできないこともあって、不甲斐なかった。そんな僕にも優しくして頂いて、別れ際にはプレゼントも頂いて、「大学に入ったら、また来て下さい」と言っていただいて、とても嬉しく、人の温かさを感じました。
 
何よりも子どもたちが、可愛すぎました。僕になついてくれて、離れないで暑かった子もいたし、静かに僕の近くに居続けた子もいたし、ストレートに大好きだと言ってくれた子もいたし、他の子とは違う異彩を放っている子もいたり、すごく楽しかった。最終日は、僕の周りでバイバイとずっと言ってくれて、泣きながら帰りました。
 
保育士になりたい!と思うほど、すごく良い経験をさせて頂いて良かったのですが、今、ちゃんとした夢があるので、しっかりとそっちを見つめていければ良いなと思います。


体験レポート2: 障害者福祉センター


□市から業務依託を受けて運営を行っている地域活動支援センター
□対象は、障害者手帳または、愛の手帳所持者で原則として、18歳以上65歳未満の方。
□主な活動は、日常活動作訓練(社会適応訓練、機能訓練)、創作活動(陶芸、書道、絵画など)、送迎サービス、健康相談、文化祭などの行事実施などである。

体験の様子および感想 :
日時:8月4日(水)10:00~16:00

 障害者福祉センターを選んだ理由は、
 
1.将来臨床医療に携わることを目指す者として、まったくの赤の他人とコミュニケーションをとるという機会を持ちたかったから。また、どれくらい自分にその能力があるのかということを試してみたかったから。
 
2.日頃の生活ではあまり見えてこない障害を持った方の生活を見てみたかったし、少し苦手意識があっただけに、患者さんにだれでも最善を尽くすためにも一度付き合いを身近にすることで、それを払拭しようとしたため。
 3.活動内容の中に"書道"という項目があり、僕も何年か習っていた経験があるので、これを通してなら交流を深められるのではと思ったから。
 
4.オリエンテーションで、障害者施設は勉強になるという話だったので、どうせ一日費やすのだから、勉強になることをしようと思ったからである。
    
(最後の項目は媚びを売っているわけではなく、施設の方にも動機としてお話ししました)
 
このようなことを思って電話をしたところ、市のボランティアセンターで募集があるから、そこを通してくれと言われ、ボランティア体験をさせていただくことになった。
 
印象に残った体験は、2つある。
 
1つ目は、理学療法の時だ。これは一番初めの体験だったので、いきなり2人の方を任され、何をしていいかがわからない状態であった。とにかく無言でいては向こうも安心はできないだろうと思って、いろいろ話しかけてみた。「さあ次、頑張りましょう」「大丈夫ですか」「遠くから通っていらっしゃるんですか」など。それらの質問に対し、みんな笑顔で答えてくれた。僕が安心させるつもりでいたのに、逆に僕が引っ張られてしまった。これがなかったら、その日一日中不安なまま過ごすこととなっただろう。そのうちに「部活は入っていましたか?」と僕が尋ねた。相手は「京北高でバスケ部でした」と答えた。僕は3日前くらいに元バスケ部の友達に金田先生は京北のバスケ部出身で京北は今年も全国大会に進んだということを聞いていた。なんとこんな所で役に立つとは!わざわざ部活に高校の名前までつけたのは彼がそれに誇りを持っているということでは・・・と考え、「すごいですね。今年もベスト4までいきましたよね」と話が弾んだ。「決勝も見ましたか?八王子のフリースロー」「いや~。直前まで覚えていたんだけどね。ココ(頭)が弱くてね(笑)」など。もし3日前にそのことを聞いていなかったら「ああ、バスケってつらいですよね」くらいしか返せなかったかもしれない。 僕はこのことから、やはり介護、医療はつらいと同時にとても良い働き場所だなと思った。
 
もう1つ、昼食の後の休み時間のことである。職員の方は「利用者の方とお話しして良いよ」などと言うが、ちょっと困ってしまった。することもないので、近くのおじいさんに話しかけてみた。向こうが僕に合わせてくれるのか、話は僕のことが中心でとても話しやすかった。そのうち多くの人が集まってきて囲まれていることにびっくりした。そのうちに一人の方が、もう一人の利用者さんを指して、「この人歌あてゲームが好きなのよ。何か歌って下さらない?」と言う。僕はこんな数の人の前で歌ったことはなかったし、恥ずかしかった。そこで「大きな栗の木の下で」を歌った。すると、みんなも合わせ始め、たちまち大合唱になってしまった。真剣にやったことを向こうも真剣に受け取ってくれる。応えてくれると感じ、とてもうれしかった。僕も他の人にそう接することができたらなと思った。
 
これが最も心に残った出来事だったが、他にもたくさん貴重な体験をさせていただいた。施設の協力してくださったみなさんにお礼を言いたい。
 
医者という神聖な職を目指す僕だが、何と言っても医療はお金を払ってくれた、だから病気を治してあげますという関係の中で生まれてくるものではないと初めてわかった。今までは、そのような考えであったが、こちらも元気をもらえるし、お互いに自己満足で終わらない何かがあると思った。その意味で不安も少しあったが、この体験はとても良いものであったと思う。
 
最近、全国で高齢者が行方不明という事件が新聞のあちらこちらに載っている。高齢者世帯が1975年の8~9倍(教科書P.60)と親離れが進む中で、やはりコミュニケーションというのは人間にとって一番大事なのだろうと思う。地域が気遣い、心から認め合える人間関係を築いていくことが、戸籍上だけの人間をなくす最大の策ではないないかと思う。略
 
国際化、情報化が進み、家族以外から情報が頻繁に往来する現代社会にあっては、家族同士の触れあいが希薄になるのは否めない。それだからこそ近所が他人を気遣う、周囲に目を配ることが重要であるしその一番早い手段がコミュニケーションをはかることであると思う。高齢者と話していても、自分に役に立つ情報が得られないと思うのならもっと日本人は別のところに爽快さがあることを知らないだけに違いない。

体験レポート3: しょうがい者支援NPO法人
NPO主催のサマーキャンプ体験の様子および感想 

 どうせ体験するなら、泊まりがけでみっちりやろう、知らない世界に思い切って飛び込んでみようと思い、サマーキャンプを選んだ。ネットで番号を調べ、直接電話し、参加の意図を伝えた。
 
自分が担当した子は障がいが重く、話すことは不可。また、入浴や排便、着替えなども一人では出来ないため、スタッフさんがつき、3人1組で行動していた。初日は機嫌が良く、フルーツ公園では周囲に遅れることもなく行動することができたが、日が経つにつれて、宿泊のストレスからか、親に会えない不安からか、不機嫌になり、道ばたで立ち止まり座り込んで動かなくなることが多くなった。最終日の河口湖では、遊覧船に乗ることは出来たものの、降船した所で座り込んでしまい。観光する事が出来なかった。
 
スタッフさんは、初め、僕の補助をする形でついていたが、僕自身が分からない事が多いことや、種々の問題から、最終的には協力分担して、見守っていた。彼は、彼自身のペースでしか動かないため、自分は、彼のペースに合わせていた。入浴は、体を洗ってあげ、浴槽に入れるところまで、介助した。あがる時には、体を拭き、服を着せた。食事は、スプーンでしか食べないので、親御さんが用意してくれた使い捨てのものを使わせたが、全てを混ぜてからでなくては食べないので、飛び散った残飯などの処理をした。
 
この世の中は、本当に嘘が多い。人は皆、平等というウソ。頑張れば、何でも叶うというウソ。一人でも生きられるというウソ。
 
介助する側と介助される側という立場の違いから、同年代なのに、対等な友達として見られない自分が嫌だった。何かやってあげてるという意識が、これほど嫌だったことはない。それに、僕が担当した子は、自立が不可能だった。いくら努力しても、自分の力で生きる事はできない。一生、他人の手を借りなければ生きられない。悲しかった。けれど、支える親やボランティアさんたちの優しさも感じられた。
 
それから、どこまで手伝うべきで、どこまでをやらせるかの線引きも難しかった。例えば、自分で服が脱げるのに、脱がしてしまったことで、その子は「自分で服を脱ぐ」という作業が出来なかった。それでは、いつまでたっても、彼にとって進歩がないし、言い方を変えれば、こちらが成長の芽をつみ取ってしまったとも言える。自立を目指すということは、難しいことだと思った。
 
ただ障がいの重い軽いで区別したり、しょうがい者として、一括りで見るのは間違っていると思う。彼ら一人ひとりと、その家族と支える人たちと、それぞれに人生も、考え方も、意思もある。それをまとめてしまうのは、彼らの人生を一括りにしてしまうのは、あまりにも残酷過ぎると思う。それに、自分はたった三日やっただけで一日寝込む程、疲れた訳で、家族はもっと疲れているはずだ。だからこそ、しょうがい者だけでなく、家族やボランティアなど支える側の人たちに対しても、もっと支援が必要だと思う。

体験レポート4: 特別養護老人ホーム 
デイサービスセンター 体験の様子および感想 :
日時:8月10日(水) 9:30~16:30

 選択において、今回指示されたのは、高齢者福祉施設、しょうがい者福祉施設、児童福祉施設の3つである。この中で、僕は高齢者福祉施設を選んだ。理由としては、僕の家には祖母が住んでいる。祖母は80歳を越えているので、これからの生活のためにも高齢者との接し方を学んでおいた方が良いと思ったからだ。交渉では、特に問題なく、電話で交渉し、滞りなく進んだ。
 
桐朋からの同行者はなかったが、大学生のボランティアの男性が一人参加していた。ボランティア3ヶ月目で学校とは関係なく、自分の意志でここに来ているらしい。
 
施設に到着してすぐに、30分間、日程と注意点の説明を受けた。その後、施設の職員の方々と利用者の方々に挨拶をした。挨拶の後は、利用者の方々と団欒。コミュニケーションの下手な僕は、ここでかなり緊張した。お昼前には、皆で風船バレーをした。午後からは、僕は塗り絵をしているご老人と話した。職員の方々はいろいろな人たちと接していた。大学生の方も、まるで職員のように見えた。どうしたらあんな気配りができるのだろうか。自分には決してできないことだった。
 
14時過ぎには、ボランティアでオカリナの演奏の方が来た。利用者と職員の方々と一緒に歌を歌った。3時のおやつの時は、おしぼりを配ったり、後片付けを手伝った。一日の中で一番動いたかもしれない。その後利用者の方々が施設専用のバスで帰るのを見送って、体験が終わった。
 
今回の体験をしてまず言いたいことは、最低一回でもこのような体験をした方が良いということだ。高齢者との接し方だけではなく、相手のことを思って行動するにはどうすればよいのかということを学べる。例えば、相手と同じ目線で話す。相手の名前を覚えるなどだ。これらをと学べる場所は少ないだろう。
 
今回の体験でこんなエピソードがあった。僕がある高齢者と話していた時、その方は笑ってはいたが、心なしか心の底か来るような笑いではないように感じた。しかし、職員の方々が話しかけると、すぐに笑ってその笑顔が本当に楽しそうなのだ。きっと僕は知らず知らずのうちに、その方に圧迫感を与えていたのだろう。そう考えると、職員の方々はすごいと思う。無意識にそういうことをやってのけてしまうのだろう。
 
このような体験でも、今後僕が生きていく上で必要なことを学べたと考えると、今回の体験は重要なことだらけだった。



【福祉体験をふりかえる授業での感想より】


➢ 僕は体験をしに行った時は、光化学スモッグのせいで外に出て遊ぶことができなかった。けれど、その分紙芝居を読むという貴重な体験ができた。5歳の子どもを担当したが、個人差はあるけれど、しっかりしていたという印象は他の人と同じだった。自分は早生まれだから、他の子よりも幼かったので、自分と比較してみたら大人だなあと思う子もいた。保育園で施設体験をすると、子どもを寝かしつけるということはみんなやるようだが、僕の場合は、なかなか寝てくれなくて困ったが、その原因が自分だと思うと、幸せに思える。寝かしつけた後、保育園の先生方と色々話すことができて、保育園での大変なことや、やりがい等を聞けたのは貴重だと思う。

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➢ 僕は保育園に体験に行き、2歳児のクラスを手伝わせて頂いたが、うまくコミュニケーションをとることができなかった。一方で他の人達は職場の人、高齢者、園児とうまくコミュニケーションをとり、得るものが大きかったようだ。2歳児と5歳児では能力に差があるとはいえ、自分のコミュニケーション能力の低さを改めて感じた。仕事の辛さや自分たちの未熟さを感じたのは皆同じだったと思う。学力とは違う、社会で役立つ能力が自分にはほとんど無かったので、これから磨いていかなければならないと思う。例えば、前述したコミュニケーション能力もそうだし、掃除や挨拶でさえままならなかった。普段やってないことは、やはりできないものだと感じる。その一方で、皆は充実感を得て、良い経験をしたようだ。僕も保育園の方々にはとても気遣ってもらって、良い体験ができたかと思う。結局、僕はこの体験に関して苦い思い出の方が強く残っているが、こういう根気の要る職場で、しかもやったこともないことだったのだから、一番必要だったのは、神経質にならないでドンと構える精神力と積極性だったと思う。

➢ 僕は老人ホームを訪問したのだが、そこの利用者はみな、やろうと思えば自分の身の回りのことはできる方々だった。しかし、他人の助けが必要な人々の介助を体験した人もいて、まだ自分の知らない世界があることを知った。僕は祖父母とよく話をするためご老人と接することには慣れていたため老人ホームを訪ねることにしたが、今考えてみると、それは自分への甘えだったかもしれない。未知のものを避け、既知のものに固執するという甘えだ。貴重な機会を最も有効に使おうとしなかった自分を反省するとともに、広く世界に目を向けていきたいと思う。

 これから福祉体験に臨む後輩へのアドバイス

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